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東京地方裁判所 平成6年(ワ)6808号 判決

原告(反訴被告)

鎌田昌義

被告

大野梱包運送株式会社

被告(反訴原告)

鈴木慎

主文

一  被告らは連帯して、原告に対し、金三六九万七六七九円及びこれに対する平成二年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求及び被告鈴木慎の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、これを三分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  本判決は、第一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告

被告らは連帯して、原告に対し、金二二〇〇万円及びこれに対する平成二年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告鈴木慎(以下「被告鈴木」という。)

原告は、被告鈴木に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成二年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成二年九月三日午前七時一五分ころ

(二) 場所 東京都中野区弥生町二丁目五〇番先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 態様 本件交差点において、原告運転の軽四輪貨物自動車(登録番号「品川四〇ひ八三三九」、以下「原告車」という。)と被告大野梱包運送株式会社(以下「被告会社」という。)所有、被告鈴木運転の軽四輪貨物自動車(登録番号「練馬四〇れ六六四五」、以下「被告車」という。)が出合頭に衝突した。

その結果、原告は、頸椎挫傷、左側頭部・左頸部挫創、第五頸椎前方脱臼、右小指・槌指・頸部痛、頸椎不全損傷の傷害を負い(甲二ないし甲五)、被告鈴木は、左舟状骨骨折、左膝・左下肢挫傷の傷害を負つた(乙三)。

2  被告らの責任

(一) 被告鈴木は、交差点を通過する際には、左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然進行した過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告会社は、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから自賠法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の責任

原告は、交差点を通過する際には、左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然進行した過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、本件事故により被告鈴木に生じた損害を賠償すべき義務がある。

4  損害の填補

原告は、自賠責保険から七四七万五五七九円を受領した。

二  争点

1  過失割合

(一) 被告らの主張

本件交差点は、原告車進行路に一時停止標識のある左右の見通しの悪い交差点であるから、原告は、本件交差点を通過するに際しては、一時停止した上、左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然進行した過失により本件事故を発生させたから、原告には少なくとも八〇パーセントの過失がある。

仮に、原告が一時停止していたとしても、本件交差点の右状況に照らせば、原告は十分減速・徐行し、優先車があるときは、停止すべき注意義務があるのに、これを怠り、相当な速度で漫然進行した過失がある。

(二) 原告の認否及び反論

原告が一時停止を怠つたこと、相当な速度で交差点に進入したことは否認する。

被告鈴木は、制限速度をかなり上回り、道路右側を走行していた点に過失の加重事由があり、その過失は五〇パーセントを下らない。

(三) 被告らの認否

被告鈴木が制限速度をかなり上回つていたことは否認する。

2  消滅時効

原告は、「被告鈴木の請求は、本件事故の発生(平成二年九月三日)から三年を経過しており、時効により消滅した。」と主張する。

3  損害

(一) 原告は、本件事故による損害として、〈1〉治療費、〈2〉付添看護費、〈3〉入院雑費、〈4〉体幹装具代、〈5〉交通費、〈6〉休業損害、〈7〉後遺障害による逸失利益、〈8〉慰謝料、〈9〉修理費用を主張し、被告らは、その額及び相当性を争う。

(二) 被告鈴木は、本件事故による損害として、〈1〉休業損害、〈2〉慰謝料、〈3〉弁護士費用を主張し、原告は、その額及び相当性を争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故態様

1  甲一、甲一二ないし甲一八、乙一、乙二、乙七、乙八、乙一〇、原告及び被告鈴木本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、本郷通り方面から方南通り方面に向かう路側帯を除く車道幅員約四・〇五メートル(路側帯の幅員は、本件交差点の北側で約一・二メートル、南側で一・四五メートルである。)、制限速度時速三〇キロメートルの道路(以下「被告車進行路」という。)と中野通り方面から山手通り方面に向かう車道幅員約五・三メートル(路側帯を含む。)、制限速度時速二〇キロメートル、一時停止標識のある道路(以下「原告車進行路」という。)の交差する地点であり、信号機は設置されていない。双方進行路ともアスフアルト舗装されたほぼ直線の道路である。

また、見通しは、被告車の進行方向から見て前方及び左方は良好であるが、右方は石垣等のため不良であり、原告車の進行方向から見て前方は良好であるが、左右は、コンクリート塀や石垣のために不良である。

(二) 被告鈴木は、被告車を運転して、被告車進行路の中央よりやや右寄りを本郷通り方面から方南方面に向けて時速約三〇キロメートルで進行し、本件交差点にさしかかるあたりでアクセルペダルから足を離し、やや減速したものの、原告車進行路に一時停止標識があることを熟知していたので、右方から進行してくる車両があつたとしても、停止してくれるものと考え、特段ブレーキを踏んでの減速や徐行することなく、左前方角のカーブミラーを見て車両がなかつたので、そのまま進行したところ、本件交差点に進入する直前の地点で、被告鈴木の進行方向から見て、右方原告車進行路約三・九〇メートル離れた地点に原告車を発見し、急制動の措置を採つたが間に合わず、被告車右前部と原告車左前部が衝突し、被告車はそのまま左前方へ約三・七メートル進行し、カーブミラーに衝突して停止した。

(三) 原告は、原告車を運転して、原告車進行路を中野通り方面から山手通り方面に向けて進行し、本件交差点手前の一時停止標識に従い停止線で停止し、左右の安全を確認し、車両がなかつたので、時速約五ないし六キロメートルで進行したところ、被告車と衝突し、急激に右前方へ四・一五メートル進行し、電柱に衝突して停止したものであるが、原告は、被告車と衝突するまで、被告車の存在に気付かなかつた。また、停止線で停止した際の左方の見通し状況は、運転席で体を前にかがめれば、四ないし六メートル先を見通せる状況であつた。なお、原告は、本件事故当時免許停止処分を受けていた。

(四) 双方車両の損傷部位及び程度は、原告車については、前部中央より右寄りのフロントガラスが破損し、そこからフロントバンパーまで大きく凹んでいるほか、右前ヘツドランプ、左前角フエンダー等が破損し、さらに右側ドア、右側後部フエンダー付近が損傷している。被告車については、前部中央部を中心にフロントガラスが破損し、そこからフロントバンパー、ナンバープレート付近まで、中央部が大きく凹んでいるほか、左前ヘツドランプ、左側ドア付近が損傷しているが、後部には損傷がない。また、本件交差点には、衝突後の原告車のタイヤずれ痕が約〇・七メートル、これに続き前記電柱の方向にタイヤ痕が約三・三五メートル残されている。

2(一)  なお、本件事故による衝突部位について、原告は原告車の右後部と被告車の前部と主張し、原告は、その本人尋問においてこれに沿う供述をするが、証拠上明らかな右認定の衝突後の原告車の動き、双方車両の損傷の部位及び態様等に照らせば、原告車の左前部に被告車の右前部が衝突したことにより、原告車は大きく右に振られ、原告車の左側後部と被告車の右側ドアが衝突し、双方車両の前部中央付近の凹みは、被告車がカーブミラーに、原告車が電柱に衝突して生じたものと容易に推認することができるのであつて、原告の供述は直ちに信用できず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もないから、原告の主張は採用できない。

(二)  次に、本件事故当時の原告車の速度について、被告らは少なくとも時速約二五キロメートルであつたと主張し、これに沿う証拠(乙七)を提出するが、鑑定書(乙七)は、本件現場に残されたタイヤずれ痕、タイヤ痕がスリツプ痕であるとの前提に立つて鑑定結果が述べられており、合理性を欠くことが否定できない上、原告は刑事段階から一貫して、一時停止した後の発進で時速約五キロメートルであつたと述べていることなどから、他に被告らの主張を認めるに足りる証拠もないので、この点に関する被告らの主張は採用できない。

3  以上によれば、被告鈴木は、見通しの悪い交差点を通過するに際し、原告進行路に一時停止標識があることに気を許し、安全確認が不十分なまま、特段の減速措置も採らずに本件交差点に進入して本件事故を発生させたもので、その過失は否定できない。しかし、一方、原告は、見通しが悪く、一時停止標識のある交差点を通過するに際し、一時停止標識に従つて一時停止するのみならず、左右の完全を十分に確認し、減速ないし徐行して進行すべき注意義務があるのに、原告は、一時停止したが、結局衝突するまで、全く被告車に気付いておらず、安全確認が極めて不十分であつたことは明らかであるし、加えて原告が本件事故当時免許停止処分中であつたことなどを併せて考慮すれば、原告の過失は極めて重大であるというほかない。

右の原告と被告鈴木の各過失を比較すると、原告の損害の八〇パーセントを減ずるのが相当である。

二  原告の損害

1  治療費 一三二万六九七四円

(請求 同額)

甲二ないし甲五、甲一〇、甲二〇によれば、原告は、本件事故による受傷の治療のため、平成二年九月三日から同年一一月二〇日までの一〇六日間入院したほか、平成四年四月二八日まで通院して治療を受けた(実通院日数は六日間である)ことが認められ、その治療費として右のとおり認められる。

2  付添看護費 二万四一二二円

(請求 同額)

甲六によれば、右のとおり認められる。

3  入院雑費 一二万七二〇〇円

(請求 一三万七八〇〇円)

前記のとおり、原告は、本件事故による受傷のため一〇六日間入院し、入院雑費として一日あたり一二〇〇円が相当であるから、右のとおりとなる。

4  体幹装具代 六万三三一〇円

(請求 同額)

甲七によれば、右のとおり認められる。

5  交通費 六万五六二〇円

(請求 同額)

甲九の一、二、甲一九によれば、右のとおり認められる。

6  休業損害 四三四万一七四七円

(請求 四八九万一一六〇円)

甲八、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五八年三月中学卒業後、美容専門学校に入学したが、中退し、昭和五九年八月から料理店に勤務し、本件事故当時は二二歳で、有限会社ウオールメイクに勤務し、塗装業に従事していたこと、本件事故による受傷のため、退院後もギブスを平成三年九月まで着用していたこと、平成四年四月二八日症状固定となつたこと、平成四年四月まで休業したことが認められるものの、その収入については、原告提出の各証拠によつても必ずしも明らかではなく、また、前記の退院後の通院状況から見て、本件事故の日である平成二年九月三日から平成三年九月三〇日までの三九三日間は就労不能であつたとしても、平成三年一〇月一日から平成四年四月二八日までの二一〇日間は、三〇パーセントの就労制限にとどまつたものとするのが相当であり、本件事故前の原告の収入は、賃金センサス平成二年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新中卒・二〇歳から二四歳の平均年収二九三万四七〇〇円と推認することができるので、原告の休業損害を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

2,934,700÷365×(393+210×0.7)=4,341,747

7  逸失利益 三八〇六万七三二一円

(請求 四九八〇万二五六三円)

甲八、甲一一及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による受傷のため、頸椎の運動障害、肩こり、疲労時の手足の痺れなどの後遺障害が生じたこと、また、治療のため、頸椎前方・後方固定術を受け、その際、腸骨を頸椎に移植したこと、これらの後遺障害につき、自賠責保険において、せき柱に運動障害を残すものとして八級二号及び骨盤骨に変形を残すものとして一二級五号の併合七級の認定を受けたこと、右後遺障害は平成四年四月二八日、原告が二四歳のときに固定したことが認められる。

右によれば、原告は、二四歳から六七歳までの四三年間にわたり、賃金センサス平成四年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新中卒・全年齢の平均年収四八二万一三〇〇円の四五パーセントの収入を喪失するものと推認することができるから、中間利息をライプニツツ方式(四三年に相当する係数は一七・五四五九)により控除して、本件事故時における原告の逸失利益を算定すると、次のとおりとなる。

4,821,300×0.45×17.5459=38,067,321

8  慰謝料 一〇一〇万〇〇〇〇円

(請求 傷害分三〇〇万円、後遺障害分一〇〇〇万円)

本件事故に遭つた際の原告の恐怖、苦痛、受傷の程度、その治療期間が一年八か月に及び、このうち一〇六日間入院し、長時間にわたる手術を受け、退院後も六日間通院したこと、その他本件事故態様を含めた一切の事情を総合的に考慮すれば、傷害慰謝料として一六〇万円が相当である。

原告は、前記の後遺障害のため、従来のように毎日塗装業に従事することができず、休みがちになつたことのみならず、将来にも不安をかかえることになつたこと、その他の諸事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料として八五〇万円が相当である。

9  修理費用 認められない

(請求 一二〇万円)

これを認めるに足りる証拠はない。

10  合計 五四一一万六二九四円

三  原告の過失相殺

前記のとおり、原告の損害の八〇パーセントを控除すると、一〇八二万三二五八円となる(円未満切捨て)。

四  損害の填補

前記のとおり、被告らからの損害の填補分七四七万五五七九円を控除すると、三三四万七六七九円となる。

五  弁護士費用 三五万〇〇〇〇円

本件訴訟の経緯に鑑み、右額が相当である。

六  合計 三六九万七六七九円

七  消滅時効

前記のとおり本件事故は平成二年九月三日に発生したから、被告鈴木の本件事故による損害賠償請求権は、平成五年九月三日、時効により消滅したので、その余の点について判断するまでもなく、被告鈴木の請求は理由がない。

八  以上の次第で、原告の請求は、前記六記載の金額及びこれに対する不法行為の日である平成二年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、被告鈴木の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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